
2021.2
漫画を描きたい。そう思い立ってしまいました、没頭。
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ロベール・ドアノー、という写真家がいます。
パリの街を撮り、パリで一生を過ごした彼の写す写真は、「明日には忘れてしまうほど取り留めのない、しかし輝くほどに愛おしい日常」を、ユーモアなどを交えて情景そのままを切り取る、私の大好きな写真家です。
パリの街を撮り、パリで一生を過ごした彼の写す写真は、「明日には忘れてしまうほど取り留めのない、しかし輝くほどに愛おしい日常」を、ユーモアなどを交えて情景そのままを切り取る、私の大好きな写真家です。
2020年2月、そごう横浜で個展があり、見出し看板に誘われてふらりと立ち寄ってみると、見慣れた写真がちらほらありました。どこで見たのかと思い返してみると、数年前に読めもしない洋書の中から一冊、偶然気になって購入した写真集のその写真家、その方の個展でした。
恥ずかしながら、名前をはっきりと認知したのも、個展を見終わってから。
恥ずかしながら、名前をはっきりと認知したのも、個展を見終わってから。
無作為に洋書を手にした時も、その数年後に見出し看板に引き寄せられた時も同じように、ドアノーは私をときめかせ、その写真世界へ誘いました。
してやられたなぁ、そんな気持ちでした。


個展を見回っていると、ひときわ輝きを放つ、いや、妙に異質に感じた写真がありました。

《パピヨンの子供》1945年
©Atelier Robert Doisneau/Contact
「パピヨンの子供」。第二次世界大戦終戦後の荒れ果てたパリで、誰もが絶望を感じていたその最中、道の奥から駆けてくる少年がまるで蝶のように見えたとドアノーは言ったそうです。
その一幕の一瞬が、2020年の横浜に飾られてありました。
その一幕の一瞬が、2020年の横浜に飾られてありました。
私が異質に感じた理由は、多分きっと、この一枚に写るコントラストにあるように思います。
コントラスト。構図や技法の話ではなく、写真から感じ取れる風合いの話です。私の知るドアノー作品の数々には、白黒写真ではありますが、わりかしポップに、彩度高めな印象を、人々や街並みから感じ取ることができていました。しかしこの写真はその通りではない。しっかりと背景は彩度が低く、それを引き立たせるかのように、写る少年とその走ってきたであろう道筋だけは色鮮やかに見えました。
背景が無彩色に見えたのも、私にとっての「戦争体験」とは、白黒の写真や、クリーム色の背景に記された活字などでしかなく、映画も(最近では色鮮やかに感じるものも多いですが)たいていは陰鬱とした暗さが漂っています。そのせいなのでしょうか。
しかし、写真にうつる背景は、特別ひどく崩壊しているわけでもない。
だから、この写真は異質で、恐ろしいのです。
だから、この写真は異質で、恐ろしいのです。
この表現が正しいのかは分かりませんが、ドアノーの作品の中でも珍しいほどに「思想や心情に訴えかけてくる」ような、何か強い信念を持って描いた絵画のような”作品”におもえました。

「何の気無しに立ち寄った個展が、昔偶然知った写真家の展覧会だった」
という、日常ではまぁまぁありそうな、特筆するべきものでもない偶然を体験していたせいか、この写真の放つ意味を実直に体感でき、えもいわれぬ、妙な奥行きを感じ取ってしまいました。
程度は大きく違えど、この体験も「蝶に誘われたもの」なのかもしれません。
程度は大きく違えど、この体験も「蝶に誘われたもの」なのかもしれません。
してやられたなぁ、そんな気持ちです。
偏屈な私は、心地のいい苛立ちをこの個展で得ました。


確かに、よく「運命」や「希望」などのあかるい兆しを「蝶」に見立てて表現します。
写真「パピヨンの子供」に映る情景も、そのあと周囲に溢れた生きる希望も、きっとあかるい未来への兆しだったろうと思います。素敵なことです。
写真「パピヨンの子供」に映る情景も、そのあと周囲に溢れた生きる希望も、きっとあかるい未来への兆しだったろうと思います。素敵なことです。
しかし偏屈な私は、「蝶の誘いが、不幸の兆しだったなら?」と。

そう思いついてしまったが最後、何とかしてそれを作品にしてみたくなりました。
まったくの下手くそだった絵を、なんとか何書いているのか最低限わかるくらいまで練習して、漫画のコマ割りとか、描き方とかをイチから学んで、一年くらいこそこそ紡いで完成させました。
「パピヲンと子供」
不幸へ誘う蝶に翻弄された少女に、私たち大人は何と声をかけてあげればいいのでしょうか。
子供にばかり背負わせちゃダメだよ、と読後に気づかせられるような作品を目指して描きました。
だれかに、「してやられた」と思わせたくて。
だれかに、「してやられた」と思わせたくて。
絵はめちゃくちゃ荒削りではありますが、今見返しても好きでいられる作品です。
作品はこちらから